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2014.10.22

「母と娘はなぜこじれるのか」 斎藤環

Hahato_3母娘をテーマにして精神科医の著者が書いた、2冊目の本。

1冊目、「母は娘の人生を支配する」
も読みましたが、
なぜ、母娘の関係には複雑になりがちなのか、ということに関して
「身体的同一化を通じての支配」が関係しているのではないかと
書かれており、なるほどと納得しました。

「女性らしさ」には2つの矛盾した方向性があり、
それは、他者から欲望されるような「女性らしい身体性を獲得する方向」と
自らの主体的欲望を抑え込みつつ「女性らしい態度」に徹するという
矛盾した方向性。そうした矛盾をはらむ「女性らしさ」を
母親は躾として娘に伝達していきます。

母親は女の子を育てる時、無意識的に娘の身体性を支配することになり、
これが、母と息子、父と娘、父と息子とは違う、
母娘の過剰な同一化に繋がっていると、解説されていました。

(以上「「母と娘はなぜこじれるのか」P9~11を要約)

2冊目の本「「母と娘はなぜこじれるのか」は、
母娘をテーマにした作品を発表したり、研究をしている5人
(エッセイストで漫画家の田房永子さん、
作家の角田光代さん、漫画家の萩尾望都さん
臨床心理士の信田さよ子さん、社会学者の水無田気流さん)と、
斎藤環さんが対談している、対談集です。

私は、2005年に信田さんの「愛情と言う名の支配」をたまたま図書館で手に取り
自分の感じていることが、特別なことではないこと、
夫との関係性や、家族との関わり
感じてきた息苦しさの理由がわかり、記事にもしました。
http://happy-happy.tea-nifty.com/tane/2005/10/post_b938.html

それから信田さんの本やその他、母娘関連の本を読み
親に対して抱く複雑な感情について考えたり、納得したりしてきました。


近頃ますます、雑誌や本、テレビ、新聞などで母娘の関係性の複雑さや
娘が感じる苦しさを取り上げた記事を多く目にします。
このテーマを、意識する人が増えてきたということなのでしょうか。

角田さんや、萩尾さんとの対談の中で
取り上げられている作品には、読んだことが無いものが多かったのですが
興味を引かれた作品も多かったので、これから読んでみようと思います。


そして、私が特に気になったキーワードは「罪悪感」について。
角田さんも、萩尾さんも、娘が
感じる「罪悪感」について触れています。

なぜ娘は「罪悪感」を感じてしまうのか。
自立して家を出ること、母親から離れようとすること、
それらのことに娘は「罪悪感」を感じてしまう。

斎藤環さんは、その娘の罪悪感や責任感には
「マゾヒステック・コントロール」が関係しているとしています。
これは「自ら苦労をかって出ることによって相手に
『申し訳なさ』を感じさせ、それによって相手を支配すること」。


母親と同一化し、母親の気持ちが自分自身のものと感じられる、女性ならではの
感覚だと言います。母親の悲しみは自分の悲しみ、
母親を悲しませることは、自分の罪と感じてしまうのかも。


同一化から分離して、私は私と捉えられるようになればいいのですが。
母親のことを一個の人間として、自分も良く知らないところを沢山持った
1人の人間として捉えることで、母娘の呪縛からも解放されていくということが
角田さんとの対談の中で触れられていました。(P92,93)

なるほど、と頷けるところが大きく、
また角田さんが、お母さんと年に一回旅行をして、その度に怒りを爆発させていた
というくだりなど、私と似ています。


萩尾さんも、「罪悪感」について話されています。

******

(萩尾)まだ親孝行はしたいなと思っていますよ。
(斎藤)なぜそう思われるのですか。
(萩尾)不思議ですよね。(笑)そばにいると怖いから、そばにはいたくないんだけれど
常に「育ててもらった」って思っているんですね。
だからこれを払拭するためにはとにかく負債を返さなければならない。
(斎藤)ますます抱え込むことになるのを知らずに
(萩尾)ローンの利子を払い続けるような。こんなふうに払っていけば
私の罪悪感は薄れるだろうし、向こうも私のことを悪く思わないんじゃないかしら
と思うわけです。

******

この、「ローンの利子を払い続けるような」という表現が
余りにも私と同じで驚きました。
親に育ててもらった恩は、ずっと返していかないといけない、
そうしないと、罪悪感は薄れないという感覚。

いくら頑張ってもなかなか薄れないけど。


10年近く、このことについて苦しんだり悩んだり
泣いたり、辛かったこともあったけれど
1つ確信していることがあります。
それは、悩むこと、苦しむことは
人としての成長のきっかけだということ。

自分を客観的に捉え、母親を1人の人間と捉え
そして、人にはそれぞれ抱えている辛さ苦しさがあり、
そこを乗り越えていくためにもがき続ける。

その過程で、多くの人の共感を集める作品を生み出したり
多くの人に救いを与える何かを成す、ということ。

「多くの人」ではなくて、「ほんの少しの人」に対してであっても
自分が苦しんだり、考えたり、もがきながらも生きていくことは
その姿そのものが、
人に希望や光を与えるのではないかな、ということです。

母娘の複雑な関係性に関心を持つ人、
母との関係に苦しみを感じている人に、お勧めします。

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