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August 27, 2006

2006.08.27

シャーリー・マクレーン「オール・イン・ザ・プレイング」

Allシャーリー・マクレーンの本は面白いです。
精神世界の本に馴染みの無かった頃は「なんだか怪しい本」なんて目で見ていたけれど、全然怪しくないです。(当たり前か?)
最初に読んだ「アウト・オン・ア・リム」はもうドキドキして楽しかった!
今回手に取った「オール・イン・ザ・プレイング」はその「アウト・オン・ア・リム」のテレビ版の撮影の時のことが書かれてます。

小説なのか?それとも実際にあったこと?

疑問を持ちながらも、引き込まれて読んでしまいます。一気に読むのが惜しくて少しづつ少しづつ・・読みました。ペルーでの撮影、マチュピチュで起こったことの記述が興味深かったです。

いつもの事だけれど、心に強く残る文章にも沢山出会いました。

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 私は大師達が、「あなたは宇宙だ」と言われた意味が、やっとわかり始めていた。もし私達が自分自身の現実を作り出しているとすれば、もちろん私達はその中に存在するすべてのものなのである。私達の現実は、私達の反映なのだ。
 これは、とてもこっけいなことでもあり得る。私は自分が自由の女神やチョコレート・クッキー、ビートルズ、テロリズム、ベトナム戦争を作り出している、と言うこともできるのだ。この世に誰か他の人が、これらのことを私と別に体験しているかどうかは、私は確信が持てない。この人達もまた、個人としての私の夢の中だけに存在しているからだ。私は夕刊に出ている現実を、自分が作り出しているのを知っている。それは私の現実の中にあるからだ。
 しかし、他の人が私とは別に、そのニュースを体験しているかどうかは、はっきりしない。彼らもまた、私の現実の一部だからである。そして彼らが世界の出来事に対して、何か反応を示すとすれば、私が彼らをそう反応させているのだ。つまり私自身をもっと知るために、その事件に関わり合う誰かを私は自分の現実の中に作り出しているのだ。大みそかにこんなことを私が言ったのは、私が自分の現実をよい方向へと変えれば、その結果、世界をよい方向へ向けられるのだということを示すためであった。したがって、私の新年の決意は、自分自身を高める、そして結果として私の住む世界をよくする、ということだった。(中略)他の人達が反対意見を述べている時、私は自分が彼らの反対を作り出していると感じていた。それは、まだ自分の中で解決できていないものは何かを見るためだった。つまり、他の言葉で言えば、私は彼らであり、彼らは私だった。そしてすべては、私が彼らを私の芝居の中の登場人物として創造しているからだった。 もし私がここで言っていることが真実ならば、私は他の人のためには何一つせず、すべて自分のために行っているのだろうか?
 そして答えは、基本的にはその通りなのだ。もし、私が飢えている子供に食べ物を与える時、自分の動機を正直に見れば、私の行為は自分自身のためだと認めざるを得ない。その行為によって、私はよい気分になれるからである。子供は前より満たされ、幸せになり、そのために私もまた幸せになるからなのだ。私達はただ自分自身のために物事を行っているのであり、またそうあるべきなのである。たとえ、私の現実の中に他の誰の存在も作り出さず、したがって他の誰に対しても責任がないとしても、私は自分の気持ちに対する責任を持っているのだ。だから、私自身の気分を楽しくすれば、他のみんなの気分を楽しくできるのである。
 どうすれば世界を変えることができるのだろうか。自分自身を変えればよいのである。
 これが、私の新年にあたっての決意だった。
(「オール・イン・ザ・プレイング」P201~203)
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