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2005.10.03

「愛情という名の支配」

「愛情という名の支配」信田さよ子 海竜社

数日前、図書館で見つけて一気に読んでしまった本。私の事が書かれているのかと思われる部分ばかりで、まさに私はAC(アダルドチルドレン)だったのだなあ・・と納得しました。

去年夫との関係が冷たいものになり、追い詰められて、ずっと感じてきた自分自身の親との関係にあった重苦しさを認識し、親子関係に問題があったことを指摘されて考えてきました。カウンセラーの所に通って心理学的なアプローチを受けたのではなく、スピリチュアル的な視点からアドバイスを受けたり、自分で精神世界系の本を読んだりしてきました。この夏、1つの区切りをつけたような気持ちになっていましたが、このカウンセラーの方の書いた本を読んで、「親の愛情を苦しく思っていた自分」を100%肯定することが出来ました。「あなたのためだ、お前のためを思って」と常に言い続けられることで、支配されつづけてきた私の生い立ち。共依存的な支配でもありそれは「自分という物を持たないで他者の世話をする、他者を正しく導くということに、自分の存在を見出して行く人たちのことで、常にその背後にあるのは『正論』という言葉です。」(P121)には、我が意を得たり、の思いでした。

今から10年ぐらい前の読んだ本の中で「子供は親のことを『彼は』『彼女は』と第三者の目で語れるようにならないといけない」というような内容に行き当たり、その時は本当に、親のこと、特に母親のことは自分自身のことのように感じられ『彼女』なんて言えないと、強く思ったことを覚えています。でもこの本の中にも「親を『まあ、可哀相なおばあさんだわ』とか、『あの人もああやって死ぬんだわ』とか思えれば、それがACからの回復である。1人の人間として見られることが出来れば、親は自分の日常生活の中のごく一部になる。強大だった親がどんどん縮小していって、ごく小さい存在になっていく。つまり親と自分のドラマの間に境目ができて、道がすーっと分かれていく。そして過去の親からされた、辛い苦しい記憶が、自分が楽になる生育過程の中にただの過去の点になるということ、これが回復である」(P140要約)とありました。

子供を支配するのは、夫婦の関係が上手くいっていないから。夫との関係を改善するのには「私はこう思う」「私はこう感じる」のように「私」を主語にして相手と語ること、これこそが大切だと筆者は言います。「相手を変えようとしない」ことが大切で「相手にイエス」と言わせようとする言葉は支配であり、コントロールの言葉なのです。

読みながら、声を出して泣かずにはいられない箇所もありました。「親から離れていい。ACだと思うとしたら、人がどう思おうと、それはACである」というような言葉にも救われました。ずっと苦しんでいたことに、やっと世間的な説明がついた気がします。「親孝行しなくては」「親を支えなくては」と苦しんでいる人が沢山いる、との箇所に、私だけじゃないんだなあ・・とつくづく感じることが出来ました。

ずっと親の支配から逃れられずに生きてきたから、今やっと自分なりに何かをしよう、と決意しているのに「何がしたいのかわからない」状態になって頭をかかえて苦しんでいる今の私。これにもすっきりと説明が付きました。「何をしたいか」ではなく「何がいやか」でスタートしたらいいとか・・。

親との関係で悩んでいる人、夫との関係で悩んでいる人、子育てで悩んでいる人、もしかしたらこの本の中に、答えを見つけることが出来るかもしれません。

そうそうこの本に先立ち「“It”(それ)と呼ばれた子」を読みました。壮絶な虐待のシーンに心を痛め、精神的にも追い詰められて辛い思いをしている子供は、沢山いるんだろうなあ・・と支配から逃れられなかった自分自身を思いました。親を介護する時になって、体の自由の利かない親に虐待する人もいると聞くと、そうなる前に自分自身の問題として、納得して消化できたことは本当に良かったと思います。この時期にこの本を読むことが出来て本当に良かったです。

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Comments

はあい ニャオ 茹で栗を7個たいらげました。ここらの農家で売っているものより田舎の栗はおいしいニャオ 秩父のような山奥のだともっとおいしいんだよね。   Sちゃん私が3年前に本屋でやっぱり一気に読んで救われたのが信田さんのDVの本だったんだよ~皆が口にしようとしない真実を語っている!と感動した!  アダルトチルドレンにも特徴的なことがあるんだね・・  私は子供のときの虐待的経験はないかもしれないけど、今、親の態度に非常にダメージを受けるよ。昨日両親と2時間ばかり話をしてきたんだけどドーッと疲れたんだ。私の真剣な話を聞くだけ聞くというずるい態度を取られて。でも昨日の私は強い態度で最後には両親の本音を引き出したりしたの。両親の態度は亡くなった祖父の言葉が一番端的に表わしていて、それは「○郎も○子もいい子のはずなのに。」というものなんだ。確かに両親は若いとき、40代前半ぐらいまではまじめで堅実で厳しくもなくおもしろくよかったと思う。でも今ははっきり言って保守的に悪知恵を働かせすぎてバカになっちゃったんじゃないかという感じ。ひどい言い方だけど・・そうならざるを得ないことがあったということかもしれない。子供が自己実現したら困るとか子供の結婚がうまくいくのは本当は望んでいないなんていうネガティブなパワーも確かに感じるの。昨日はダメージを受けすぎないように逃げるしかないな、もっと強くなりたい(加害者って弱いし醜いと思うから)という気持ちでいっぱいになってしまいました。でも帰り送ってくれた父が「もう親じゃないよ」と言ったの。この夏と2回目の発言で、親はわかっているんだなとも感じるんだ。     信田さんも「そういう時代に私たちは生きている」ってあったけど、ニャオ夫婦の問題で市の相談窓口に電話してみたとき言われたの。「今、それが普通になっている。子供もいると子供との関係も出てくるから大変でウツになってしまう女性もいる。」と。近しき者同士で加害者や被害者になっているのって難しい・・  両方の親が健全であることの貴重さと難しさを感じる。   ニャオ今から臨終心理士になれるかなと思って調べてみたら大学院に行かなきゃならないので落ち込みました。研究室に通う自分が想像できないのでトホホ スクールカウンセラーなどできたらやりがいがあると思ったんだけど自分の適性も気になるしネ。身体や手先を使う自分のほうが想像できる・・  でもいろんなことに気付いていきたいネ  ばあい

Posted by: ヤオ(ネコ名) | 2005.10.04 at 02:59 PM

ニャオちゃんも、信田さんの本を読んでたんだね。
図書館で偶然手に取った本だったけれど、
なかなか鋭いとこついてるな~って思いました。

自分がACだと認識出来て良かったけれど、
世の中ACだらけじゃないの?とも思いました。(苦笑)
だから市の相談窓口の人が「それが普通になっている」とか言ったり
「そういう時代に生きている」って信田さんも言うのでしょう。
結局、親子の問題っていうのは、誰もが少しは感じたり、苦しんだりしている問題なのだと思う。
でも実は親子っていうのは、もともとそう言うものなのかも。

私たちの親の世代は戦争やら貧困やらも実感しているし「生き抜くこと」がまず1番大切だったのであって、
それには物質的な満足感を求めることは抜きには出来なかった。
でも物質的なものを求めてきたけれど、それだけでは本質的に人の心が幸せになれないことに気づきつつある時代になってるんだよね。
だから今「心の問題」が吹き出したり、苦しんだりする人が多くなってるんだと思う。

親のその親、またその親、も同じような問題を抱えてたとすれば、
私たちの世代が気づいて、
その問題を断ち切って行くべき時にいるのだと思うよ。

苦しくても辛くても、少しづつよい方向に向かっているという実感が持てるといいんだよね・・・。そこがとっても難しいところだけれどね。

Posted by: shiiko | 2005.10.05 at 01:05 PM

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