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October 25, 2005

2005.10.25

生きているだけでいい

今日のいいこと!
★「生きているだけでいい」という言葉に出会えたこと

JR福知山線の脱線事故からちょうど半年に当たる今日、テレビのニュースでは遺族の方や、事故にあった方の半年後の今を様々に伝えていました。朝1番のニュースで見た、先頭車両に乗っていて、1番最後に救出された男子大学生。両足切断という大怪我を負いリハビリをする毎日で「事故以前のような普通の生活がしたい」「生きているだけで親孝行なのだ、と看護士さんから励まされた」と言っていました。夕方のニュースでは娘を無くした父親が「生きてさえいてくれたら」と語り、大怪我で手足の自由も利かず言葉をきちんとしゃべれない娘を看病する母親が「こうして生きていてくれるだけでありがたい」と語っていました。

私には子供がいません。だから「親」の心情は本当のところはわからない。父親からも「子供を持っていないから親の気持ちはわからないだろう」と言われたことがある。でも「生きていてくれるだけで、ありがたい」という言葉には心を揺すぶられるのです。

世の中には、親を介護する人、難病の子供を抱える人、自分自身の難病に苦しむ人、そして心を病んで生きる希望も失いそうになっている人、さまざまに苦む人がいる。きれいごとでは済まない、世間知らずの私には想像も出来ないような苦しみの中にいる人がいるのだろうけれど・・でも「生きていてくれるだけでありがたい」と思うことの大切さを感じます。そしてどんな人にも「あなたが生きていてくれるだけで嬉しいよ」と思ってくれる人がいるはず。苦しくて世界中で一人ぼっち、のような気持ちになっていても「生きている」それだけで良かった・・と思ってくれる人は、どんな人の周りにもいるのです。

昨日ふと思いついて、去年の10月に飲んでいたフラワーエッセンス 「チコリ」に付いて書かれた本の箇所を読んでいました。「チコリ」は母性本能と献身的な愛情に関連していて「チコリ」のマイナス状態ではこれらの性質が否定的な形で表れ、利己的なほど自己中心的になる、周囲の人間の注目と愛情を何が何でも得ようとして、ヒステリーさえ起こす、これは心の奥に充実感の欠如があるから。自分という存在が望まれていなかったとか、子供の頃にちゃんと愛されていなかったとか思っていることが多い。他人から愛されて認められて繰り返し自信がもてるようにしてもらわなければならないと思い込み、他人を自分の思うように操ろうとするが、自分の内面が虚ろなので人を愛することが出来ず内面では失うのではないかという恐れを持っている。「・・・してくれたらあなたを愛す」という形になってしまう「愛情にうえた母親」である、と書かれていました。

「条件付の愛」は本物の愛では無い、ということに気づいてから、本当の「母性」というものを理解しました。「条件付の愛」の対極にあるのは「無条件の愛」。「無条件の愛」・・それが「生きていてくれるだけで嬉しい」という感情なのかなあ、と今日思いついたのです。

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「チコリ」タイプの人は本当は内面的な強さと人を本当に愛する力がある、だから内面の準備が出来れば、自分の心の中に湧き出す愛情の泉によってしか、ブラックホールは埋めることはできない、ということに気づいて、大いなる母性のエネルギーをプラスのかたちで表現できる、枯れることのない豊かな源からエネルギーを得て、無私になり心の中ですら何の見返りも期待しないようになり、他人のために本当に尽くせる。他の人を守り、親切にし、暖かさと安心感を与える。(バッチの花療法―その理論と実際より )
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ここまで到達出来るにはまだまだ長い道のりが必要でしょう。でも無条件の愛、についてなんとなくイメージ出来たのでした。

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