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September 22, 2005

2005.09.22

心が軽くなったこと

最近のいいこと!
★先日のヒプノセラピー以来、気持ちが軽くなってきたこと

連休中のお出かけレポを書いていて、心の変化については書いていませんでした。受ける前には不安と恐れもあったヒプノセラピーについて16日の記事に書いたけれど、その後、湧き上がってくるいろいろな感情について考えてみたり、たまたま読み始めていた、シャーリーマクレーンの「カミーノ」に深く入り込んでは、自分の経験と重ねてみたり・・していました。

受けた直後は「女性としての自分を認めよう、楽しもう」という思いで一杯になり、生まれ育った環境、両親からの言葉、上手く言えない複雑な感情、などからすっかり解き放たれた軽やかな気分になるばかりでした。その後だんだんと他の事にも気づいてきました。男性の時代に受けた「置いてきぼりにされて悲しい、寂しい」という感覚が、現在の私のずっと心の底に潜む孤独感、寂しさなどの原因なのかも?と思いついたり、「責任を果たす、家長として家族を養って立派に生きることが出来た」感情を思い出しては、「責任を果たす。周りの期待に沿って生きることが1番大切なこと」と考えがちである自分の性格を改めて感じてみたり。

幸いにも?なのか不幸?なのか、西洋の女性の時代に大好きだったあの人の顔は見ることが出来なくて(見えてしまうと怖い、という恐れがあった)後からも思い出すことも出来ないのです。でも「カミーノ」を読んでいたら「ツインソウル」と「ソウルメイト」の違いについて書かれた部分に行き当たったりして・・。

ヒプノセラピーを、いろいろ消化しつつあるからだけではありません。15日の記事「親を褒めるなんて・・」を書いたその直後、ヒプノを受けたその夜、実家の父親から「なぜ一泊ぐらいしないのか」と相変わらずの電話を受けたのでした。妹の夫に変に思われるとか、普通じゃないとか・・・。でも、電話の後半では私は言いたいことをはっきり冷静に、言うことが出来たのです。「お前は明るい面ばかり考えている。周囲に苦労した人がいないからなのか」という言葉には「お父さんとお母さんに悪い面ばかりみるように刷り込まれてきたけれど、明るい面をなるべく見るように自分なりに矯正しているんだ」とか、「それで子供を作るということはもう考えていないのか」という言葉に、ずっと言いたくても言えなかった、以前、義父に対して父が「○○さん(夫)に子供を作るように言ってください」と言ったこと、私と夫が凄く嫌な気分になったこと、を伝えたり。父も母も依存心が強すぎる「寂しい寂しい」と言われても私はどうしようも出来ない。行くたびに近くに住んで欲しいと、出来ないことを言われても嫌な気分になるだけだ、と言うと「そういう言葉は聞き流せばいい」と言うので「親の言葉は絶対でいつでも真剣に受け止めて生きてきたのに、流すなんてことは難しい。だから嫌な気分になるから行きたくない」「心からお父さんの顔が見たい」と思える前に、「ああしろ、こうしろ、と言われるから嫌な気分になる」とはっきり言えたのでした。

今までは親の「寂しさ、心細さ」に対して、なんとか満たしてあげなくちゃいけないと自分を追い込んできたし、親の期待・価値観に沿って生きることは自分の運命だから仕方ない、と諦めていた。親が明らかに理不尽なことを言ったり行動したりしても、「子供を思う親の気持ちは絶対だ」という大前提があって、「お父さんの言葉に傷ついた。その考えは間違っている」とは真正面からは言えなかったし、感情的になって喧嘩することはあっても突き放すことは出来なかった・・。だからこそ冷静に、はっきり親に自分の気持ちを伝えることが出来て、本当の自信が生まれてきました。

子供の頃のことは、言っても仕方ないと思っていたし、どんどん年をとっていく親を自分の子供のように包容力を持って受け止めてあげたい・・という気持ちはあるのだけれど、でも自分自身がそこまで成長するまでには、時にはこうやって「私は傷ついていたんだ」と伝える必要もあるのかもしれません。親も傷つくと思う。けれど言わないでいることで、自分のエネルギーを奪われ、今度は自分が他の人から同じようにエネルギーを奪おうとする悪循環を無意識に続けるぐらいなら、どうにかしなくちゃ。親を変えることなんてムリと思っているけれど、感情的にならず自分自身の行動をしっかりとして生きている私の姿を見たら、いつか少しは判ってくれる時がくるのかもしれません。

今回は父に対してだったけれど、これから先、母親にもどうしても言わなくちゃいけない、と思える時があったら、子供の頃、こんなこと言われたのは嫌だったんだ・・と冷静に、伝えられたらいいな。

親とは別の人間である私。私は私で生きていく、ことを決心している・・。こんなことを考えていたら、昨日は仲良しの友人との長電話で、彼女も今辛い時期にいるのだけれど、その原因が実は両親との関係から来ているということに気づいたと話してくれました。彼女は新しい住まいを作るにあたって、他人が聞いたら「どうしてそんなことで鬱になってしまうの?」というぐらいに思いつめたり不眠になったり食べ物がのどを通らなくなったり。でも、その原因は実は母親の言うとおりにしなくちゃいけない、と思ってしまう自分にあったということに気づいたというのです。自分の決断で色々決めたこと、それをある時母親に全て否定されたこと、その言葉からもう自分では何も決められなくなって、全て投げやりな気持ちになってしまったということ・・。聞いていて彼女の気持ちが判ったり、自分と重なる部分も大きくて、ひとごとには思えませんでした。簡単に乗り越えられるとは思えないけれど、そうやって問題点がはっきりしてくれば、親子がお互いに依存していることなどをなんとか、打破したいと思えたり、前に進めるようになるのかもしれない。きっと出来ると思う彼女なら。遠くから応援して行きたいなあ・・。

そして、ちょうど数日前の新聞に「人生相談」の欄に「虐待した親への怒りをどうすればいいのか」という42歳の主婦からの相談記事があるのに気づきました。それに対して弁護士の堀田力さんが「つらかったことを第三者に全部吐き出して、語り、文章にしていく。語るうちに新たに見えてくることもある。その上で信頼出来る人に、じっくりお母さんと話してもらう、お母さんの立場も判りながら、あなたの気持ちを伝えれば、謝る気持ちになるかと思う」とありました。そうなのです、私も随分、辛かったこと、子供の頃のことを、このブログで書いたり、信頼出来る友人に向かって話したりしてきました。「虐待」とまでの事では無くても、些細な、でも重大な出来事の数々でした。読んでくれた方、聞いてくれた方には本当に感謝しています。良い方向に導いてくれた「本の中の言葉」や「ヒーラー」の方との出会いもありました。そして少しづつだけれど心の重荷を取り除いて、自分自身を元気にして、そして周りの人も元気に出来る人に成長していきたいです・・。

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京都で粟餅&町屋でお昼

awa先日の連休最後の日は京都に行きました。友人の最大の目的は「北野天満宮」「広隆寺」と「北野天満宮前の粟餅」を食べること。この粟餅のこと、私は全然知らなかったのですけれど、12代続いている「粟餅処 澤屋」というお店でした。店内でつきたてのフワフワで温かいお餅をほおばっていると、後から後から地元の人が買い求めに来ていて人気のお菓子なんだなあ・・と実感。でも持ち帰るより、お店で出来たてを食べたほうが、断然美味しいと思います。粟の食感が香ばしくて美味しかった~。

お餅を食べてから広隆寺を回り、お昼はどうしようかなあ・・と思案して思いついたのは新町にある「くろちく」が経営しているおばんざいのお店「百足屋」。町屋ブームの先駆けとして有名な「くろちく」は今では京都のあちこちにお店を出しているようだけれど、この新町の店は落ち着いた雰囲気で、女性好みのメニューが良い感じです。百足屋弁当(3,150円)を頂きました。

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新町通りから六角堂に寄って、三条通をぶらぶらし「よーじや」でお買い物。お風呂で使うボディタオルが欲しかったので「和紙たおる」を買ってみました。和紙?タオル?と半信半疑だったけれど、使ってみたら適度な肌への摩擦の感触が気持ち良くて、お気に入り。もちろん水にも溶けないし、長く使えそうだし、良い感じです。買って良かった~。

その後イノダでお茶をして、錦市場に寄って帰宅したのでした。今日は乗ろうと思ったバスや電車が、全て殆ど待ち時間ゼロで回ることも出来たのでした!沢山おしゃべりも出来たし、幸せです。ああ、楽しかった!


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