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2005.07.22

3歩進んで2歩下がったとしても・・

関西地方は10日以上続けて猛暑です。熱帯夜で寝苦しい夜が続いています。夏は夏らしく、暑いのは嬉しいけれど、2,3日に一回は過ごし易い日があればいいのになあ・・(><)

暑い暑い夏、こんなに毎日家にいる生活は初めてです。いつもクーラーの効いたオフィスで過ごしていたから。暑いのになんとなく足腰が冷えているのも不思議だったんです。薄着だからかな・・と思っていたけれど、先日も書いた寺門琢己さんの「腰湯」のお陰でだいぶ改善しました。寝苦しいけれど睡眠そのものの質も上がったせいか、朝の機嫌も上々。早く寝るようにしているし。良かった良かった!

去年の夏のことを思い出します。ちょうど今ごろこのブログもお休みしていたけれど、夫が大反乱を起こして。ギリギリの所で暴力を振るうことは無かったけれど、尊敬する上司に頂いた、結婚以来大切にしていたベンジャミンの木をはさみで丸坊主にしてしまうわ、物は投げるわ、毎日帰って来てくれるのは良かったけれど、私の顔を見るたびに「出て行け」とどなりまくるわ・・。辛くて悲しくて、会社に行っている時以外はいつも泣いて、することは家の中の整理と物を捨てること。飽きると自転車に乗って吉祥寺に出かけ、カフェや公園でぼーっとして。本を読んで。ああ、本当に辛かった。このままどうなってしまうんだろう、離婚しかありません、と書かれた手紙を読んで、1人で生きていかないといけないのかなと、また泣いて。

だから、今の穏やかな生活が心底嬉しい。毎日「ただいま」ってにっこりしながら帰って来てくれて、今日のご飯は何?と楽しみにしてくれて。一緒にテレビを見て話をして、夜は私も早めに寝て。お互い声を荒げることも殆ど無くて、相手に要求がある時は、相手の状態を見て感情的にならずに伝える。彼から希望されたことは、なるべく満たしてあげようとする。出来ないことは出来ないと言うけれど。

去年の苦しい日々があったからこそ、今の当たり前の生活が大切に思える。どうして人って、苦しくて辛い時間を経験しないと、当たり前のことが大事だってことが判らないのだろう?苦しい日々は、大きな学びをもたしてくれた。

私が仕事をしていないから?時間と心に余裕があればこんな風に出来たはずなのだろうか?そうとも言い切れない。何人かのヒーラー、セラピストの方に出会って、その時々にアドバイスをしてもらって、両親から受け取ってしまったネガティブな部分を見直した。子供時代の悲しかった自分を癒してあげた。両親との関係を見直すことで、今の自分の欠点、長所を確認し、苦しい中で自分と向き合ってみた。こうして葛藤している中で彼も何かを感じてくれたに違いない。彼も変わってきたから。お互いの信頼関係がちゃんと出来て、二人で家にいる時間が1番心地よい、と実感できるようになれば、外にばかり向いていた私の心は内に向き、夫をないがしろにする昔の私に戻ることは無いだろう。彼も悪い方向に行かないと思う。きっと大丈夫。

こうやって実感し始めたのも、ここ1,2ヶ月ぐらいのこと。春に引越ししてきてからも、夫への不信感に葛藤して、辛かった辛かった、本当に辛かった。でもよくがんばったね。

なんて、自分に言い聞かせているのはいいけれど、「頑張ったからここまで成長できたんだ」って少し傲慢になっていた部分もあったかもしれない。ブログに書くことで気持ちを整理していたのだけれど「頑張ったよ、自分が変われば相手も変わるよ」この気持ちで一杯になりすぎて、他人に対する優しさを忘れていたかもしれない。

何か学ばないといけない時、私の場合は同じような出来事が立て続けに起こる。最近、昔大好きだった上司に、数年ぶりにメールを送り2度ほどやりとりした時に、彼の何気ない言葉に傷ついたこと。上司にとって私は相変わらず言いたいことが言える、気心が知れた部下、に思えたのかもしれないけれど、直接言われるのと違い冗談と判っていても、メールの言葉に傷ついた。どうしよう、と思ったけれど「傷つきました~。凹みました」と返して、それに対する返事は無いのだけれど。

実は中学生の頃いじめにあっていた時期がありました。お勉強は出来たから学級委員などやっていたけれど、鼻持ちならない部分があったと、今では良くわかります。その時も自己中のところがあるって、判っていたから高校生になる時に「変わろう」と決意した。私の人生は高校時代から開けて行った気がする。自分が心を変えていけば、何かが変わってくるってそこで学んだ。でも、やっぱり苛められ体質?は抜けていなかったらしく、会社員時代もお局さまに理不尽な陰口をたたかれたり、冗談とわかっても受け流せないような言葉を言われたり。そういうことはたまにあって。素直な性格だよね、と皮肉を言われると「そうか、素直なことは苛められるってことか」なんて納得したりしてたんだけれど。

2月に辞めた会社でも、後から入ってきた少し年上の派遣さんに、嫌なことされたり言われたりしてた。けれど、その人とは言い合ったって仕方ないと思っていたし、私の方が受け流したり、良いエネルギーを送ったりすると上手くいくこともあって。(このブログにも前に書きました)「怒っています」「傷つきました」と特に表現することもなく、離れることが出来ました。

そして今、昔の上司、昔の友人から傷つけられるような、バカにされるような言葉を受け取り、黙って流せなかった。怒っている、傷ついた。そうやって表現することにしたけれど、それが良かったのかどうか?と悩む私もいる。

去年の辛い時期「ネガティブな感情を感じることが苦手」と指摘されていて、「ネガティブな感情も感じてあげれば流れて行くから」とアドバイスされた。その時は何を言われているのか、どうしていいのか判らなかった。だいたい「怒ること」は「悪いこと」だと思っていたから、嫌な気分になっても傷ついても、そういう自分の感情を無かったものとして見ないようにしていたっけ。

でも「傷ついた」「怒っている」ことをちゃんと感じて、でも感情的にはならずに相手に伝えることも時には必要。大切な自分を守るため。自分の傷は我慢するのが最善なわけでは無い。もし相手と距離をとることが出来れば、それでいいのだけれど。会社の同僚など、深く付き合う必要の無い関係は、向けられた悪意を受け取らずに流してしまう方法もいいとは思うけれど。

感情的にならずに、「私を傷つけないで」と伝える練習を、最近何度かしました。でも全く感情的にならなかったとは言えないかもしれない。それに「私は自分で努力してこれだけ変われた」という傲慢さがあったのかもしれない。「だからあなたも変わるべき」と言うことはどう考えても、相手のことを思っていない。苦しんでいる時はまず何よりも味方になってあげなくちゃ。アドバイスをするときも、謙虚でなくちゃ。

ben穏やかに過ぎているようで、でも他者との関係から学んでいます。時が経つことは成長すること。もうダメだ、と思えたベンジャミンの木も、1年たったらこんなに青々とした葉を茂らせています。成長したい、良い方向に進みたい、と言う気持ちさえあれば、辛くても失敗したかもと思えても、3歩進んで2歩下がっても、大丈夫。上手くいくに違いありません。

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