« June 27, 2005 | Main | June 30, 2005 »

June 29, 2005

2005.06.29

心に染みこむ言葉を贈れるかどうか?

今日のいいこと

★さっき雷とともに、大雨が降ったこと

なんとなく・・・、ここにあれこれ書きたい気持がダウンしていました。特に理由はないのだけれど、ただなんとなく。毎日暑くて、水不足のニュースが新聞を賑わせ、干上がった水田の写真が目に飛び込む。

以前、ある人に指摘されたことがあります。shiikoさんは、水が無い所はダメだよね、って。「水がないところ?私は木があるところが好き、海というよりも森」と答えた記憶があるけれど、もしかしたら湿った空気の中に漂っているのが好きなのかもしれない。昔から水泳は得意じゃないし、ギラギラした太陽の照りつける海辺はもっと苦手。でも、湿度の高い水っぽい所にいるのは好き・・。

先日も書いたけれど、また数日前、別の古い友人から「その後そちらは如何ですか?うちは相変わらず・・・・なんだけれど・・」という携帯メールが入ってきて。20年位の付き合いになる古い友達。ママでフルタイムで働いていて、マイホームも持って。私と同じ牡羊座で、彼女を見ていると自分を見ているような気持ちになって、姉妹のような気分で「あなたは○○しないのが悪い」とか「○○してたらダメ」とか、つい言いたくなってしまう。(実際はそんなふうには言わないけれど、心の中で思ってしまう)

旦那さんと上手く行っていないこと、数ヶ月前からの新しい職場での人間関係が悩みらしい。「夫は私をオブジェとしか見ていない」「子供のためにも離婚はしたくないけれど寂しい」などとメールしてくる。ついつい「自分が変わらない限り、何も変わらないんだよ」とメールしてみる。昨晩は「それでshiikoちゃんは、旦那さんのことが今でも好きなんだよね?」ときた。問題を突きつけられたような気分になってしまう。

「好きか嫌いか」って言われたら「嫌いじゃないから好きなんだと思う。でも、恋人時代とか新婚時代みたいなそういう好きじゃないよ」って返信した。大切に思っている。まるで自分の分身のように、彼が苦しむ姿を見ると自分も苦しい気持ちになる。それも自分のせいで彼が苦しんでいるとしたらどうしようもない気持ちになる。それが本当の今の気持ち。

1番好きな人とは結婚できない、などというジンクスめいたことを聞いたことがある。夫とは恋愛結婚だし、その頃、他に結婚したかった人もいない。学生時代から厳しかった両親の目をかいくぐって、なんとか5年も付き合いを続けて、結婚して。両親の束縛から私を救い出してくれてありがとう、という気持ちが大きい。結婚してからのほうが、自由になった。でも、彼からの束縛、結婚してからも逃れられなかった両親からの束縛、そこから逃げるために私は何かに没頭せずにはいられなかった。

人は1番好きな人、相性の良い人と結婚するのではなくて、自分がクリアしていかなくてはいけない課題を、一緒に取り組んで行ける人と結婚するのだと思う。両親を選んで生まれるということも同じ。今、夫との生活の中で、私自身の問題をクリアしていけなかったら、また同じような過ちや苦しみを経験しなくちゃいけなくなる。他人に依存しがちで、他人を束縛することで、自分の不安な心を満たしてもらいたいという、私の癖は、両親も持っているもの。夫も同じだから、私自身が学んで自分を満たして行く方法を身につけて、自分自身がフラストレーションやストレスを溜めずに安定した自分になる姿を見せて、夫にも両親にも妹にも、こうしたら楽になれるよ、ということを見せて行けたらいいなと思う。

新しい住まいで、掃除すること整えることの清々しさを実感して、物をなるべく減らす事の楽しさを感じている。こんな小さなことが、自分を安定させてくれている。些細な日常生活の積み重ね。目に入る生活環境を整えることや、早寝早起きで気持ちと身体を安定させることなど、自分を安心させてあげるためにできることは幾らでもある。

携帯メールで相談してきた彼女のことを「本を読んでくれたらわかるのに」「相手に優しくしてもらいたかったら、自分からまず相手に優しさを伝えるべき」「彼女が愚痴る内容は、彼女の欠点そのもの」と思ってしまう・・けれど、でも「なんだかいつも寂しくて」というメールの一言に心が動く。そうなんだ、誰が悪いとか、何何しないから悪いとか、彼女の考え方は間違っているとか、そんなことは指摘することでは無い。人は誰でも正しい。その人なりの理由があって、行動したり、落ち込んだり、周りに攻撃的になったりするものなのだ。誰も悪くない、ましてや彼女の旦那さんも彼女自身も。

自分自身の中に「良くなりたい」「幸せになりたい」という気持ちがある限り、なぜ悪い方向に流れてしまうのか、という根本的な理由に少しづつ気づけて行ければ、本来誰でもが持っている暖かい心の一部分を思い出して、攻撃的になってしまう部分を消して行って。自分にも周りにも愛を与えられる人になれるんだよね。

携帯メールのやりとりだけで、どれだけ彼女を力づけられるか判らないけれど、さっき降った大雨が乾いた土の中に染みこんで行くように、彼女の心に少しでも染みこむ言葉をメール出来るように、考えてみようと思う。「本を読んだら判るはずなのだから読んでみなよ」と言う事はたやすい。自分が学んだ事を自分の言葉にして、人を力づけられるようにならなくちゃ本当に学んだとは言えないんだ・・。6月14日に書いた記事「添う」「並べる」「待つ」の気持ちを、忘れてはいけないのでした。

<追加>6/30
この記事を書いて少ししたら、彼女から「shiikoちゃんもいろいろ大変だったんだね。(最近夫との間に起こったことを少し書いた)でも前向きに頑張っているんだね。前に勧めてくれた本、あの時は会社関係は上手く行ってて読んでもピンと来なかったけれど、でもまた読んでみる」という返事が来ました。人にアドバイスを求めるのと同時に、自分なりに何かメッセージを受け取りたいという気持ちで、本に接してくれるといいなあ。辛い時、苦しい時にしか人は学べない、ということはある。全てが上手い具合に流れている時には、問題点には気づくことさえ出来ない。流れが滞ってきたら、それは自分を振り返って考えてみなさいというメッセージなのだ。

それから、夫に対する思いで「自分自身の分身のように思える」と書いてしまったけれど、これはまだ未熟な私の考え方なのでした。それではダメと指摘されたことがあったのを思い出しました。

他人の中に自分を投影して生きていく癖は、もうやめなくてはいけないのです。私は私。彼は彼。母親は母親であり、父は父。「私はこう思う」「私はそれは出来ない」「人はどう思っても自分はこうだ」こういう「自分」の感覚をはっきりさせていかなくてはいけない、とアドバイスされたことを思い出しました。反省です・・・

| | Comments (7) | TrackBack (0)
|

« June 27, 2005 | Main | June 30, 2005 »