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2005.05.12

田口ランディさんのブログから

愛読している田口ランディさんのブログに「エネルギーのチャージ」についての話がありました。枯渇したエネルギーについて感じることがランディさんもあるのかあ・・と不思議な感じがしました。作家とか物を書くのを生業としている人は、書いても書いても枯渇することは無い、湧き上がるエネルギーは無尽蔵、というイメージがあったから。

「ある転機ということ」というこの記事には納得できることが沢山書かれています。(以下一部抜粋)

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それからは、気功とか、山登りとか、友達とか、自分がしたい仕事とか、そういう自分の身近なこと、人との関係とか自然によって、だんだん身体が元気になっていって、かつての自律神経失調症、不眠、ぎっくり腰、倦怠感は、いままったく感じないまでに回復している。

 気功の先生に「あなたは小説を短い間に書きすぎましたね。そんなに魂を込めてしまったら、自分の魂が薄くなっちゃうんですよ。充電しながら小出しに書かないと、魂も消費されるんですよ」って言われた。

 つまりそういう「魂の力」というのは、この空間にたくさん充ち満ちているのだけれど、それを取り込むには性能のいい脳と、バランスのとれた身体が必要らしい。そして、どうやらそのエネルギーは人に与えるとなくなるらしい。だから常にチャージしていなくてはいけない、そういうものらしい。

(中略)

元気だけど自己中心的な人は、周りの人から大量のエネルギーを勝手に吸い取って元気になっているだけ。けっこう迷惑な人なのだ。そういう人のそばにいて、どよんとして元気がなくなっている人は他人にエネルギーをあげてしまうけなげな人だったりする。

 あまり元気はつらつな人は、その元気が実は他人のものを吸い取っているのかも……と、考えてみたらいいと思う。そういう例はすごくよく見る。不自然なほど元気な奥さんがたまにいるけど、だんなさんは、けっこうしょぼい。奥さんに吸い取られてるなあ……って思う。もちろんその反対もある。

 二十歳も半ばを過ぎたら、あんまり元気なのは不自然かもしれない。そこそこでいいんじゃないかな。過剰に元気になろうとすると、やっぱり周りから吸い取るしかなくなるよね。自分ではみんなに元気をあげているつもりでも、一番身近な人の元気を吸い取っていることがある。

 みんなが奪い合うように他人の精気を吸い取っていて、分け与えている人がとても苦しんでいる。もらったものは分かち合うのがよいらしい。分かち合うというのは、実はお金やモノだけではなく、この生命エネルギーも同じことみたい。分かち合えれば、あとは明るいも暗いも前向きも後ろ向きも個人の趣味嗜好の問題で、どうだっていいんじゃないかな。

とはいえ、その分かち合いの方法も実は私にはまだよくわからない。そうしたいなあ……と思っているだけなんだけどね。
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元気に、とにかく前向きに活動的に!とはつらつに過ごしているつもりでも、実は周りの人のエネルギーを奪っていただけ、ということはあるみたい。自己中心的なな活動に周りの人が振り回されていただけとか。

私はずっと両親からエネルギーを奪われていて(奪われないように対処する力を持っていなかったということ。決して、そんな両親が悪いと決め付けているのでは無い)その奪われていた物を取り返そうと、夫からエネルギーを奪っていた。自分が両親から言われたりされたりしていたことを、無意識にそのまま夫に対してしていた、ということなのだけれど。夫から奪うだけじゃ物足りなくて、もっと満たしてくれるもの、それは何だろう何だろう???と探してあれこれ頑張ってきた。「いつも元気だね」って言われるのが嬉しくてフル活動していた。他から奪うエネルギーには限界があって、自分の中にエネルギーの源があることに気づけなくて、枯渇して辛くて苦しくて。

ランディさんが書くように、エネルギーを満たすために第一に必要なのは「自分したいことをする、自分の本心から喜ぶことをする」。これをまず意識するのがいいのかなあ・・。

GW中に、またもや不眠とめまい、倦怠感に苦しんだけれど、でも10年前からこういうことはたびたびあり、最近は少なくなってきたほうだと思う。少しづつ少しづつ、心身共に健康を取り戻していると思う。例年なら必ず何回かは、熱を出す風邪をひくのに、今年の冬は一度も風邪をひかなかったのはそのあらわれだと思う。(家にいる時にいつも精油で芳香浴をしていて、免疫力がアップしていた?)

「聖なる予言」を去年の夏に読み返してから「エネルギー」に関して特に意識するようになり、人からとか、他の物(仕事や趣味など)に依存してエネルギーを受け取ろうとしても、いつかはどこかに歪みが出るから、依存してはダメ・・と思っていたのだけれど。

最近、とっても大好きだった教習所の指導員のSさん。「恋に落ちた」「大好き」なんて思う気持が、実はちょっと「依存」の現象に結びついていたことも意識した。夫との関係に不安感を持ってしまった時に「恋」をするなんて、どこかに自分を受け止めて欲しい、理解して欲しい、という欲求があり、それを「恋」に結び付けていたのかなあ・・と気づいたのでした。

「恋」は素敵な時間をプレゼントしてくれるし「恋」が無い人生なんて考えられないけれど・・でも今までの私は現実生活で「辛いよ~」と思うと「恋」にひたる癖があるみたい。

なんだか話が飛んでしまったけれど、今私は、人にどれだけ与えても枯渇しないエネルギーを持ち、何に依存しないでも、幸せだなあ・・と、感じられる人になりたいなと思う。ネガティブな物からも、自分を守れるエネルギー。

ランディさんが「分かち合えれば、あとは明るいも暗いも前向きも後ろ向きも個人の趣味嗜好の問題で、どうだっていいんじゃないかな。」と書いているけれど、明るくて前向きで、元気はつらつ、が必ずしも「正しい」のでは無いことはわかっている。暗くて後ろ向きだったとしても、自分が自分を癒す枯渇しないエネルギーを意識して持てる人になれればいいんだと思う・・。これがとても難しいことなのですよねえ・・。

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Comments

Sちゃん、メールでは突っ込んだ話をして私の悩みも聞いてくれてありがとうニャオ。私、いろんな意見を言っているけれど自分のことが一番わかっていないで平気で発言しているような気がしてSちゃんを更に悩ませ悲しませたのではないかと今不安になりました。私の言ったことに違和感、まだいいたいことあったらまたメールしてねニャオ
ランディさんの言っていること私もわかります。
レストランなどで楽しそうに高らかに話しているんだけれど声が妙に耳障りにこちらに響いてくるときなど、あの人は幸せなんだろうか?と思うの。幸せだったらもっと周囲に快適な波長が出ているはずだと。都会病かもしれない。新幹線の通っていない山奥、僻地に行くとそういう人はまずいないから。自然は大事だニャラ
これからフキを大量に煮るでござる。塩ずりして熱湯に5分、取り出して皮をむくのが根気がいるニャラでも春の香りに包まれてがんばるニャラ  またね

Posted by: ヤオ(ネコ名) | 2005.05.16 at 12:27 PM

Yちゃん、不安にならないでね・・
お返事、書こうと思っていたところでした。
全然大丈夫、私は元気です!
ふきの煮物、いいねえ・・・Yちゃんはなかなか素敵な「奥さん」してるね~
私が奥さんにもらいたいわ(笑)

Posted by: shiiko | 2005.05.16 at 01:54 PM

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