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2005.03.26

グレーの時間がくれたもの

会社をやめて家にいる生活は約9年ぶりです。ずっと家にこもっていても焦る気持ちにならないのがなんだか嬉しい。引越し後だから家の中を整える事が、まず大切なこと、と思えているからかもしれないけれど、1人でいて自分の心と対話している時間がとても大切に思えます。

藤沢優月さんの「夢をかなえるオーダーメイドの方法」の中にこうありました。

「グレーの時間は、周りの時間に伝染する」グレーの時間、あまりやりたくないことをしている時間は、とてつもないエネルギーを奪ってゆきます。すると本来は「仕事だけがグレー」なはずなのに、仕事のあとに食事に行って、ひととおり愚痴らないと家に帰れなかったり、家に帰ってもテレビの前で2時間ほどボーッとしなければ、身体が動かなかったり。つまりグレーの時間は、周りにある時間をじわじわと侵食してゆくのです。(P163)

でもグレーの時間が増えているというのは、ターニングポイントにさしかかったという合図だともいいます。あとは曲がるしかない、曲がらなければもっと沈んでいく・・という変化のサインとも言える。グレーの時間は、自分の内面を知ることが出来る恵みの時間でもあるけれど、そこを上手にターンする条件として、その境界線は1人でしか乗り越えられない、ということがあるのだ。一人になって心の声をよく聞いてみる。本当にしたいことをして「今ここ」を楽しむ事を考える。その中にこそ答えはある。(P165~168要約)

9年前に始めたパートの仕事は、条件も良くて楽チンで、お休みも取り易くて、これを手放してどうする?という物でした。でも気持ちは満たされない。どこかに私を満たしてくれる物は無いだろうか・・と探し続けました。会社での「つまんないな~」という気持ちが他の時間に影響を与えていたわけです。

自分からその仕事を手放す勇気は無かったけれど、つまらない仕事でも、もっと気持ちを変えれば何かが変わるかもしれない、前向きに取り組もう、と少しづつ意識を変えてみました。会社のHPのトップのデザイン変更も義務ではなくて「やってみようかしら・・」と思いながら、2,3年経ってしまって、でも半年ぐらい前にケリをつけることが出来て。ほんのちょっとづつだけれど、自分の意識を変えて、グレーの時間で一杯だった会社での時間を変える努力をしてみました。

そして今、その仕事から離れ、一人になり自分と対話する時間をたっぷり持っています。「本当にしたいことってなんだろう。自分を楽しませるには?自分で自分を満たすにはどうしたらいいのか」をきちんと考えることが出来るようになってきました。

ずっと「やりがいのある仕事を持てないこと」が気持ちが満たされない理由だと思い込んできました。引越しの少し前に、信頼できる方から頂いたアドバイスで「今の仕事が自分を満たしてくれない、と思うのは常に欠乏感があるということ。仕事があっても無くても、自分を満たすのは自分自身だけ。自分は自分を守れるし、愛することが出来る。保護できる。と考えるべき」と言われました。

「○○が無いから満たされない、不満だ」と思ってばかりだけどそうではないのだ、今この瞬間も自分は満たされていて幸せだ、と思えることが大切なのかもしれません。いつも何にでも感謝していくということでしょうか。

自分自身の内面に向き合うのは簡単なことではありません。辛くて苦しいことばかりです。自分の嫌な部分や情けない部分を直視したり、子供時代に親から受けた傷を追体験してみたり・・・。

ずっと母親との関係が上手く行っていないことを認識していました。母のような母親にはなりたくない、と強烈に思っていました。それなのに、夫に対して自分の母親にされたような態度をとってしまうのでした。これまた引越し直前に、信頼できる女性に私が持って生まれた長所、とも言える女性としての宝物の部分を指摘してもらえました。そしてその為に母親の嫉妬を受けていたのでは無いか?と言われました。そうだったのかもしれない!中学生頃から、妹は言われていなかった「女であること」を汚いことのように言われたのは「嫉妬」という感情があったからなのか!と納得したのです。

嫉妬されていた事は判っていたけれど、その理由が判らなかった。母の1つ1つの言葉を思い出すたびに涙が溢れて、傷ついた子供時代の気持ちに戻ってしまいます。その部分に関してはずっと母を恨んで嫌って許せなかった。でも、なぜ母は私に嫉妬していたのかが判り、そう言ってしまった母の気持ちが少し理解出来て、許せる気持ちにもなって来ました。

親の前では、あくまでも子供っぽく振舞うこと、これが生きていく術でした。父親には「愛だの恋だのくだらない」と言われて見ていたドラマ(「コメットさん」だったか?)を消された事もありました。女として生まれた事を否定する気持ちでずっと来たけれど、でも今少しづつおおらかに、女性である自分を素直に認めて生きていってもいいのかな、とか思えるようになっています。

グレーの時間を沢山過ごして「こんなことじゃいけない」と思ったからこそ、「何かどこかで変わっていかなければ」と思えたからこそ、今の私がいます。

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