« February 4, 2005 | Main | February 8, 2005 »

February 7, 2005

2005.02.07

「心をこめる」ことの大切さ

送別会をしてもらったり、もう当分会えなくなる友人会ったり、毎日毎日人に会って沢山話して・・という日々を送っています。引越ししたら当分ひきこもりの予定だし、仕事もすぐには決まらないだろうから、こんな生活も期間限定ということで、いいかなあ、、と楽しんでいます。

そんな中、新しくアドバイスして頂ける人とも出会うことができ、今、自分自身が求めている言葉を的確に受け取ることが出来ました。仕事がすぐに決まらない可能性が高いのも、少し休んでゆっくりした方が良い、というメッセージだとか、新しい生活を始めることはリセットなのだとか、心の中でそうなのかなあ・・と思っていたけれど、それでいいんだよ、と言ってもらえたようで嬉しかったです。

久しぶりに会う友人と話していても、何か受取れるメッセージは無いだろうか?と考えていると、意外な所で「ああ、そういうことなんだなあ・・私は今日これを学ぶために、彼女と会っているのかもしれない」と思いつくことが沢山あります。

結婚数年目のまだまだ熱い新婚とも言える友人宅に行ったときは、優しいご主人に対して常に感謝の言葉をかけて、何かをしてもらう時も「自分がまずする」ことを忘れずにいて、してくれることを相手に期待せず、でもしてもらえたらありがとう・・と声をかけていて、見習わなくちゃいけないなあ・・と思いました。付き合っていた期間を含めるともう15年以上になる私たち夫婦が(特に私)忘れていたことを思いださせてもらったり。

日常の些細な事が当たり前のように続いていくと、それに対して感謝の念を忘れ、態度にも表れ、以前書いたように「目を見ない」で話し掛けたり答えたり。自分の周りの人にかける言葉や行う行為に「心を込める」ことを忘れがちであったことを思い出します。「行為や態度に、心を込める」ことってとても大切なのに・・・。

両親や夫から多くのことを期待され、期待に応えなければと頑張っていたけれど、擦り切れて疲れて、自分のエネルギーが枯渇して、それを埋めるために何かを求め続けてきた。けれど、枯渇したエネルギーは他人に埋めてもらえるのわけではない。趣味や仕事に没頭して、自分の本当の辛さを一時的に忘れることがあっても、根本的な解決になっていないから、いつかどこかで破綻する。本当は自分の中から湧き出る泉のように、エネルギーは自分自身の中にあるはずなのに。

それを実感するには、周りの人々に「心を込めて」言葉をかけたり接したりしていくこと。少しの言葉でも心をこめた物に相手が満足してくれれば、自分自身も満たされていくはず。

まだまだ実感するレベルには到達できていないけれど、自分の中には無限の愛のエネルギーがあることを信じていたいし、全ての人の心の中にもあるはずなのだ、と思っています。

| | Comments (5) | TrackBack (1)
|

« February 4, 2005 | Main | February 8, 2005 »