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2004.10.25

田口ランディ&寺門琢己「からだのひみつ」

ブックオフでまたまた興味深い本を手に入れました。題名は「からだのひみつ」 田口ランディさんと寺門琢己さんの対談集なのですが、面白くて一気に読んでしまいました。この本を読んでいる最中、寺門さんのココログがあることを発見!ここです。「だから!カラダ!げんき!」http://terakadotakumi.cocolog-nifty.com/
ココロのことばかり頭で考えてばかりでカラダがどう感じるかってつい後回しにしてきたけれど、30代も後半に来るとカラダがいかに毎日元気でハツラツとしていられるか、ということとココロの状態は切っても切れない大切な事と実感してきたから、ランディさんが女性のカラダとココロに関して、妊娠出産の経験を踏まえながらいろいろおっしゃっていることに「うん、うん、その通り~~!!」って思う部分が沢山あったし、寺門さんが男性のカラダとココロ、そして専門としている整体の視点から話されている部分が興味深く読めました。だいたい、男と女は同じ人間なのに、体と心が全然違う~!ってつくづく思う最近です。自分のことも良く解らない部分も多いんだけど、それを夫にしろ彼氏にしろ上手く説明できなかったりすることも多くて。それが女性にとってはストレスになったり、パートナーとの関係にヒビが入っていったり。そんな時にこの本を手にとれば、何かヒントを受け取れるかもしれません。

興味深い部分は沢山ありましたが、中でも「心・腎・肝・肺・脾の五臓はそれぞれ感情を持っている。心臓は喜び、腎臓は不安、肝臓は怒り、脾臓が憂い。怒りっぽい人は肝臓型。肝臓の感受性が敏感で肝臓を中心に反応しやすい。このタイプの人は、肝臓の感受性を発動するのが趣味のようなもので、肝臓的感受性の処理をしていく。その人に、あまり怒らないように、と言うのは不毛。肺は悲しみで、結核になる人は肺にエネルギーが集まり易いタイプ。感情が高ぶった時に、悲しみの感情を中心に盛り上がってしまう。過剰な反応を起こしやすい場所が、その人のからだのなかで特に感受性が強い場所で、心の反応の仕方とリンクしていて、同じ話を聞いても怒りとして捉えたり、悲しみとして捉えたりする。これは体の癖で、肺のタイプの人がつい悲しがったり腎臓タイプの人が何かと恐怖に感じてしまったりするのは無意識。心臓は喜んで興奮しやすいタイプで何かと盛り上がってしまう。またその特徴のタイプには陰陽があってネガティブに肺臓的な人とポジティブに肺臓的な人、ネガティブの心臓的な人とポジティブに心臓的な人、というようにそれぞれ分かれている。心臓の興奮のもとに体がつられて活発に走りまわっていればそれでなんとか通って行くけど、それが内向していくと心臓の病変として現れる。内臓疾患でいることがちょっと楽だったりすると、ネガティブなタイプは結局動きの要求が少なくなって、調子が悪いってことでなるべく人に動いて貰おうとして、生きる上で持っているエネルギーをあまり自分のサイクルの中で消費しなくなり、自分の中にたまったエネルギーで臓器自体が壊れていっちゃう。とにかくからだは使っていないと回らない構造になっている。」(P121~127要約)

この、臓器のタイプと性格が密接に繋がっている、というのがなんだか面白く読みました。

また対談とは別に、所々ランディさんと寺門さんの独り言?のような文章が載っているのも良かったです。特に良かったランディさんの文章を少し抜粋します。うーん、凄く解るなあって思います。

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「ああっ、なんてかわいそうなアタシ」そう思える人は絶対に発狂しないって私は思う。
「なんて不幸で、かわいそうなアタシ」ってとことん自分に同情できる人は、ジコチューかもしれないけれど狂わない。
大切なことなんだよ。自分のことかわいそうって思えるって。
本当に辛くなっちゃう人は、自分がかわいそうってことに気がづかない。気がつこうとしない。自分の不幸を見てみぬフリをしてしまう。自分の苦しみに蓋をして平気な顔をする。それをやっちゃうと、自分が蓋をして溜め込んだ苦しみが、後になってぐじぐじと心を苛むんだ。それはとても人間の自尊心を腐らせる。(中略)あの頃「自分はちっともかわいそうじゃない」ってすごく見栄を張っていた。同情されるのが恥ずかしくてたまらなかった。「ぜーんぜん平気だもん」って悪ぶっていた。
自分の気持に蓋をしている時は、いつも人恋しさと闘ってた。誰かと繋がっていたくてたまらない。そうしないと自分がどこかに消えてしまうんじゃないかって不安だった。あんなに言えなかった「かわいそうなアタシ」というセリフが、どういうわけか30歳を過ぎたら平気で口に出せるようになった。自分で自分をとってもいたわれるようになった。ジコチューでもいい、オバさんでもいい。私のことを一番わかってあげられえるのは私だって思うようになった。(略)(P172~173)
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