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2004.09.30

「怒り」という感情をどうするか

「自分の感情を見る」ことは簡単なようでいて難しいことです。

私には、「怒り」というネガティブな感情が、特にどう扱って良いか解らないものでした。会社の同僚や友人に怒りやネガティブな感情を感じたときは、不機嫌になって相手が話しているときに目をそらせたり、黙ってしまったり。少し前の私はそんな表現をしてしまったり、家族に怒りが湧いたときはつい感情的になってしまう癖がありました。

最近は、会社の人間関係は上手く行っていて、例え同僚の態度にムッとする感情が湧いても、すぐに表情を出さず、なぜ自分は怒りを感じるのだろう?この怒りは何が引き起こしているのか、などと冷静に分析してみたりします。その結果、怒りを感じるのは、私の相手に対する態度が原因だったり、相手が受けてきた教育が原因だったりすることに気づいたりして、「まあ、いっか・・」と思えることが多くなりました。その結果プンプン怒ることも少なくなりました。

原田真裕美さんの「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」の中で「魂を磨いて行くには、怒ることそのものを避けなければなりません。・・・・腹を立てない、というのは、私達の魂のレベルアップのための、究極の課題と言えるでしょう」(P47)とあるのを読んだり、また「怒った人間の吐く息はどす黒くなり、この成分を集めてモルモットに注射すると即死する・・と書いてあったことから、三毒の追放に挑戦します。三毒とは、『怒る・ぐちる・嫉(ねた)む』のことです。」(こころの健康法 小柳昌之 より)とあったりしたので、「怒り」の感情は、あってはならないもの持ってはいけないものだ、と思ってしまっていました。

しかし、少し解釈を間違っていたようです。「怒り」であっても自分に湧き上がる感情であることは間違いがないのです。その感情に蓋をしてしまい、見ないようにしていくことは良くないこと。例えネガティブな感情でもきちんと感じて認めてあげる。感じて認めればそれを手放す事が出来るのだ、、今少しづつこれを学んでいるところです。

というのも、夫と大喧嘩した夏の間、私は彼の怒り、悲しみ、などなどネガティブな感情をただ受け止めて感じていくことしか出来ませんでした。最初は自分の気持ちを手紙に託して解って貰おうとしたけれど、とてもそれを受け入れて貰える状態じゃなかったので、出来ることはそれしか無かった、とも言えます。

子供の頃から、両親から叱られる時は「そこに座りなさい」と言われて、悪かったことをお説教され叱られることが多かったです。その上、父も母も感情的な人なので、激昂して打たれることも多々ありました。(><)基本的に愛情過多の両親だったので、嫌われている、とは思わなかったけれど、でも、恐ろしかったし、嫌だった。そして、自分自身も相手に怒りを感じた時、物に当たったり、ムッとしてみたり、家族に対してはつい声を荒げたりしましたが、それは適切な表現では無かったのです。

夫の怒りが一段落してから、日常生活の中で夫に対して怒りが湧き上がった時がありました。生活のささいな癖なのですが、「夫のこういう所が困る」と常々思っていた部分だったからなのか、その癖が出た瞬間、「だから、一緒にTVを見るのが嫌なんだ!」と強い言葉で感情を表現することが出来ました。(夫はいつもTVを付けっ放しでいて、その上、チャンネルを変え続ける癖があり、この時も私が一緒に見ていた番組を変えたのでした)

「あれ?もしかして、今、私、上手いタイミングで怒りを表現できたかもしれない」と、思ったのは少ししてからなのですが、それ以降、夫はTVを見る時にボリュームやチャンネルなど、一緒に生活している私に気を使ってくれるようになりました。

そして、今日、実家に数ヶ月間帰っていないけれど、両親のことを思っていない訳ではない、と伝えたくて、旅行の絵葉書を父宛に送り、そのお礼の電話がありました。以前「なんで来てくれないの・・?」と訴えていた母とも、旅行の話など和やかに話すことが出来ました。父も、相変わらず押し付けがましい(娘を思ってのことでしょうが)発言はあったものの、否定的な言葉は無く、少しの間2人と代わる代わる話をしていました。が、ちょっとした母の「少し広い家に引っ越したら・・」というような発言が、私の感情を一瞬にして、嫌な気分にさせたので、「そういう事を言われるのが嫌なの。私1人の考えでどうにも出来ないことを言われて、言われたほうの気持ちになってみてよ。最近そっちに行きたくないと思う理由に、近くに住んで欲しい、と言われたこともあるんだから。」と毅然と言う事が出来ました。

この二つの出来事で、少し自信を持ちました。「怒った」「嫌だ」と思う、その気持ちが、正統なものだった場合。自分のエネルギーを奪われる原因になる、と確信できた場合は、それはその時、その瞬間を逃さず、感情的にならず、しかし自分の心が感じた通りに冷静に、相手に伝えるべきなのです。そうすることで、相手も悪かったな、と感覚的に感じ取ってもらえるようです。

相手に依存したり甘えたりが多すぎる家族。両親の価値観と自分の価値観を別物として捉えたい。私は私、父は父、母は母と、境界線をしっかり引いて、自分の領域を侵されそうになった時は、きちんと主張することが今まで出来ませんでした。

ネガティブな感情を認めて感じて、手放せることが出来るのであれば手放し、相手にわかってもらうべき事は、きちんと主張する。先日立ち読みした上大岡トメさんの「キッパリ!」の中にも、「気が進まない誘いはその場で断る」という項目があったのですが、「その場で」「その時」というタイミングはとても大切なことのように思えます。

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ネガティブな感情を感じているからと言って、それを行動に表す必要はありません。成熟していれば別の方法がわかります。意欲を持って感情を感じてください。最終的にはネガティブな感情を受け入れることができ、さらに深い感情へ、あるいはより幸せな感情へと進むでしょう。いい感情を感じるまで感じ続けてください。続けていくと、あなたはハートや自信を取り戻すでしょう。ネガティブな感情を癒すと、あなたはより魅力的になり、人間関係において効果的になるでしょう。「癒し大全」チャック・スペザーノ VOICEP75~76
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Comments

怒り方って難しいですよね。感情的になると言わなくてもいいことまで言ってしまったりして、余計に伝わらないし、変な怒りって連鎖するから、悪循環。
「以心伝心」とか「同調」を美とするところがある日本人は「相手にはっきり反対意見を言うこと、言われること」になれていないし、思ったときに思ったことを口にすることは、苦手な民族なのかもしれませんね。(奥ゆかしさという意味では、いいところでもあるけど。)
もちろん人によって差はありますが、欧米の人って、自分の意見を発してこそ存在が認められるという社会だから、ディスカッションがうまいし、反対・相違を言い合った後も案外あっさりしているような気がします。それがすべていいとは思わないですけど。それにしても、shiikoさんは精神的な面を言葉に表すのが上手ですね。

Posted by: mikiことのは | 2004.10.01 at 06:21 PM

mikiさん。コメントありがとうございます!
mikiさんのコメントを読んで、そうか・・日本人の特性というのも
あるのかもしれないなあ、なんて思いました。
はっきり言われることも、はっきり言うことにも、確かに慣れていないかもしれません。
察してもらいたいな、と思うこともしばしば・・・。
日本文化の奥ゆかしさも、以心伝心も、それはそれで尊重すべきことかと思うけれど
でも、「譲れないこと」に関しては、きっぱり、はっきり、自己主張することも
とても大切かと思うのです。方法とタイミングはトライ&エラーで学んで行くしかない。
やってみないとわからないですね。

それから・・・自分の心に溜まったことを吐き出しているだけなのに
文章を誉めていただけてとても嬉しいです。ありがとうございます。(*^^*)

Posted by: shiiko | 2004.10.04 at 09:44 AM

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