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September 22, 2004

2004.09.22

奪うことも奪われることも、愛とは言わない

今朝のいいこと!

★「めざましTV」を何気なく見ていたら
今の私にぴったりの言葉を受け取れたこと。

先ほど、言葉を受け取り、ドキドキして嬉しくなったので忘れないうちに書いておきます。

「奪うことも奪われることも、愛とは言わない」

歌手の平原綾香さんが「スペクタクル・ミュージカル 十戒」のテーマ曲「BLESSING 祝福」を歌っていました。フランス語版のカバー曲ですが、その時に流れた歌詞の一部です。

実は昨日、母から電話があり、なぜ夏からずっと来てくれないのかと言われてしまい、落ち込んでいました。両親から受けるマイナスのエネルギーをもろに被り続けている、と気づいてから3ヶ月、実家に行くことも両親に会う事もしていません。夫と喧嘩していたのでそれどころじゃなかった、のですけれど。

去年の秋から今年の春、と両親の入院など心配事があったので、出来る限り実家に通ったり、それまで避け続けていた「両親に向かい合う事」を自分が納得するまでやってみようと頑張っていました。でも、実家に行く時は必ず気が重くなり、帰りがけに「また来いよな」と言われると、気持ちが沈み、父が床の間に私達姉妹の幼少期の写真を大きく引き伸ばして飾っているのを見ると落ち込み、実家に行けば行くほど「いくら両親に尽くしても尽くしきれない」という思いに囚われ続けていました。

少し両親と離れ、夫との喧嘩を経験して、「女性性を否定せざるを得なかった自分」"あなた達の為に犠牲にしてきた事がある・・"と言われて続けて育ったため「両親の価値基準を自分の価値基準としている」ことなどに気づきました。

いつまでも子供らしくいて欲しい、という親の希望と、1人の人間として1人の成熟した女性になりたい、という自分の気持ちが葛藤し、どうして良いか解らなくなってしまった。今はまず、自分自身と夫に向かい合う。「身内である夫を大切にすることは自分自身を大切にすること。(世間一般的に言われている意味では無く)」と、アドバイスされその通りなのかもしれないな、と思っています。

でも、「この間の連休も来てくれなかったし。夏以来、来てくれない」「愚痴を言うのは年寄りだからなのだ、自分の両親そうだった」と訴える母に「とにかく疲れてしまったから休みたい」「何かあったらすぐ行くんだし」と言うことしか出来ませんでした。女性性を否定されながら育てられた数々の経験を、全てぶちまけて、両親を責めてみたい思いにもかられるけれど、そこまで出来ないのです。「聖なるビジョン」に書かれていた言葉、「すべての人がその時その人にできた最高のことをしたのだ、ということを認めることが、許しでは大切なこと」とあったからです。でも、まだ「許せた」と言う思いまでは至っていません。

「両親と話しているとエネルギーを奪われる」この一言に尽きるのです。エネルギーを与え尽くすことが親孝行なのか?自分は利己主義なのか?と少し迷いもありました。

でも、この「奪うことも奪われることも、愛とは言わない」という言葉に救われました。

両親に「自分で自分自身をなんとかしなさい」と言っても理解してもらえないと思うけど、まず私が自分で自分をなんとかする。人からエネルギーを奪ったり奪われたり、することをしないで、自分自身を元気にさせて自分自身を生きる、そのためにもう少し頑張ってみようと思いました。

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